あの人は今③-2

白昼夢と呼ぶには遅い夜の7時半頃、まだらボケで夢を見ていた私のもとへようやく対談者から連絡が入ります。「これから向かいます!」と。

慌てて集合場所に私も向かいます。ちなみにこちらが今回の対談者の女性となりますが、上記の「向かいます」から現れたのは1時間半後の21時過ぎ。3月とは言え東北の夜の寒さの下での1時間半待ちは初老40男(私)には厳しいものです。おかげでさっきまでの酔いも一気に覚めました。

ちなみにサタモッツ内でのあだ名が本名で通っていたのでここではガキンチョさんにしておきます。ご本人のLINEの登録がそうなってたので。

正直、待たされたことにちょっとムカツキすら覚えたのでしばらく放っておきました。どういう反応をするのか観察の名目で。

伝わりますでしょうか?実際この近距離で取材用の写真をパチパチ撮っていたのですが全く気が付きません。後に説明しますがガキンチョさんが私をよく認識していなかった、、そんな事情もあってのことでしたが。

そんなこんなで郡山到着から約6時間を経て本編へのスタートが執り行われました。すなわち乾杯です。時間の関係で前回までの2作には場所選びにも余念がなかったのですが、今回は時間の都合もあり駅ビルにある居酒屋さんになりました。

予め用意してあったお土産を渡します。

私O型で普段大雑把な男ですが、こと仕事(企画)に関しては色々気が回る私は、あまり慣れてない(ちなみに会ったの2回目です)ガキンチョさんが緊張しないよう心配りを施してたわけなのです。

気になる中身は…

相模焼と呼ばれるどら焼きとそんなに変わらない(参照ブログ)相模原が誇る銘菓を手渡しました。

「たいしたことねーな」そんな声が聞こえて来そうですが、中身がどうこうより品名に「相模原」と記されていることが重要な意味を持ち、ガキンチョさんが学生時代に過ごした第二の故郷に思いを馳せる、そんな準備を促す作用に繋がるのです。多分、きっと、もしかしたら、かもしれない…

今日、この日に至った経緯を話しながら食事も杯も進みます。

ちなみに現サタモ隊員であるコンコン(現いしいし)さんに色々取り次いで頂きこの日を迎えることができました。なにせ私もガキンチョさんとは今日で6年振りで2回目でしたので。

実は、この日の2か月位ほど前に数年ぶりにガキンチョさんが練習に来ていたのをサタモのグループLINEで知る機会がありました。当日の練習会場に私はいませんでしたが、そんな背景もあってこの人選になったところもあるかと思います。

ここで一度読者の皆様にもこの記事を振り返っていただけたらと思います。

~あの頃はこうでした~:局長ブログ

今から6年半も前の事なのですね。突発的に行われた飲み会の模様で、私自身もあれだけ厳しい掟の存在するサタモに於いて飲み会には参加する、むしろ規律を平気で乱す存在として会場にいました。半分その勝手な行動のお詫びも兼ねて、当日の宴の模様を詳細に渡り撮影をし希望者に公開した、そんな感じの記憶があります。

と言う訳で、当日の写真を持っていた私はガキンチョさんにも(ちなみに本人はブログ記事の上から2番目の写真左の女性です)見ていただきました。懐かしい面々を見るその表情に笑みを浮かべながら。

酒も回り、当時の隊内での思い出でも語ってもらおう!と思った、ここ大事なところで一つ問題が。写真を眺め思い出に浸るガキンチョさんでしたが、先述の通り「掟を守らない」私。すなわち普段の練習にもほぼ顔を出す機会のなかった私には、当時のメンバー個々人のパーソナリティーを深く知ることなどあるはずもなく、そこはまるで予備知識のないインタビュアーが進行を行う、話の膨らみを醸成しにくい部分もあったと思います。

なので、トークの中でサタモとの絡みは早々置きましたw。

大学生時代を相模原市で過ごし市内の某女子大学で子供教育を学んだガキンチョさんは、現在では地元の郡山にある幼稚園で幼稚園の先生として活躍されているそうです。元気いっぱいの園児たちに囲まれ、大変な職業で遅くまで勤務することが少なくないそうですが、充実した日々を過ごしているとの事です。

また、プライベートの方でも職場や地元の古くからの友人たちと旅行に出掛ける事も多く、中には東北楽天イーグルスの試合観戦に行くこともたびたびあるそうです。そして、気になるバドミントンの方もこの郡山にあるバドミントンクラブに足繁く通っているそうで、この日の翌日も団体戦に出場し、見事優勝することが出来た!そんな連絡を郡山から相模原に戻った私のもとに一報が届きました。

東林間中学校で羽打ちをした仲間が遠方ながら同じ青い空の下で活躍してる姿、嬉しいものですね。

 

 

 

 

 

 

 

 


あの人は今③-1

2018年3月の春、私は東北のとある地へと赴きます。

その地が郡山市。福島県中通のほぼ中央に位置する仙台・いわきに次ぐ東北で3番目に人口が多いとされる市です。

懐かしの隊員たちのその後の姿を追って今現在の近況を伝える記事として過去2本の記事作成の筆を取った私は、今回3番目の対談者が現在住む郡山へとやってきました。

新宿から高速バスを利用しおよそ4時間で到着。

郡山駅は新幹線の発着駅でもあり1日平均乗車人員が福島県内では最も多いJR東日本の新幹線と在来線各線が乗り入れ、東西南北へ向かう路線の結節点となっています。

ホテルに荷物を置き郡山の駅前商店街を散策しに。土曜でしたが夕刻前は人通りもまばら。ただ、郡山の商店街の人の為に付け加えておくと、この2時間後位の夜には人の賑わいが多く見かけられました。

サタモの活動場所からイメージすると小田急相模原+相模大野÷2っぽいのかな。

せっかくなんでそのまま商店街も超えて練り歩きました。

事前にストリートビューで街の雰囲気を掴んだりグーグルマップで気になるお店をチェックしており、時間があったら是非訪問したいと思ってたのですが…

まさかのお休みだったりして。

遠めのアングルでも十分わかりますが、近距離で見る昭和感丸出しのドアノブに左の窓の洗練されてないデザイナー性。私がバスで着た道中に車窓から望んだ景色を眺めたように、このお店で瓶ビールを頼み餃子をつつきながら店内から見える郡山の景色、見たかったな。

お店情報:両国餃子

続いてのお店がこちら。

お店情報:居酒屋門土

「いつ“あの人”出んだよ!」そんな声が聞こえてきそうですが、対談者が当日私用で出かけており郡山に戻る時間が流動的であった背景もあり、時間を持て余した私は街に繰り出したわけです。もうちょい私の東北は福島の郡山放浪記をお楽しみください。

徒歩で回れる範囲、時間にして1時間ほど歩いた私はバス旅の疲れもあり休憩を欲していました。

出来れば対談者との乾杯で本日の最初の一杯を迎えるつもりでした。

しかし、ここまでの疲労からくる喉の渇きを癒したい一心の私は偶然にも通りかかった門土の店前に張り出された一枚の張り紙に目を奪われました。

一瞬の逡巡… そんな思いもあったかどうかも気づかぬうちに私の体は店内にありました。

着座したカウンターには一人の70前後と思しき女性がいてその女性がカウンター内にある調理場の女性と話す言葉に衝撃を受けました! こ、これが福島弁だ

私は福島の地に降り立ってからこの3時間弱の間で会話らしい会話もなく(唯一ホテルのカウンターのチェックイン時。当然耳に違和感なき標準語で。)、この第一村人とでも呼ぶべき70女性の話す現地語(福島弁)にはそれまでの疲れを吹っ飛ばすには十二分の威力がありました。そして今、福島にいることを強く再認識した瞬間でもありました。

豆知識情報:福島弁

その後、酒の酔いも手伝って心がオープンになりコミュ力が上がった私はこの女性に話しかけてしまいます! ただ、間違っても年齢を20の若い女と見紛って口説くために声を掛けたとかではなく、初めて来た土地なので近隣のことについて情報をうかがったと言った程度ですが。

晩酌セットですっかり出来上がってしまった私は檻から解き放たれた百十の王ライオンのごとく次のお店へと突進してしまいます。今までもそうでしたが、お酒を飲みながらも頭では記事作成を念頭にいれて、その日の会話を忘れるまいとプロ意識を持って臨んでいました。

しかし、この頃には遠方に来た高揚感とお酒が相まって企画がどうとかは頭の片隅にもなかったかもしれません。そんな中で強く惹かれたお店がこちらです。

お店情報:十八番

好きでしょう。誰もが愛した昭和風オーソドックスなしょうゆラーメン。

中でもオヤジ達が一杯やりながら福島弁全開で繰り広げられ、話の内容を理解するまでには至らないものその微笑ましい光景に胸もそしてラーメンで胃袋も満たされる思いでした。

ただ、食べながら一つ思いました。この光景をサタモ隊員のみならず読者にも疑似体験は出来ないものかと。ありました。

お店情報:若竹

イチモッツの本拠地である相模原市立緑ヶ丘中学校から徒歩4分。村富線に当たり右折30メートルのところに位置するこのお店です。外観・店内・メニュー、どれをとっても酷似しております。

気になる方は一度ご賞味あれ。

この後、私は酔いと満腹感から睡魔に打ち勝てずホテルに戻りしばしの睡眠となりました…